レポート:行動分析学からみたTEACCHプログラム



 6月20日~21日に佐賀大学附属養護学校とその近隣の福祉施設を見学してきました。佐賀大学附属養護学校は、自閉症の人たちの支援システムとして日本でもよく知られるようになった、米国ノースキャロライナ州のTEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren)プログラムを早くから取り入れた先進的な学校です。また、ノースキャロライナ州がそうであるように、この地域では学校だけでなく、保護者、福祉関係者などの連携によって、就学前から就労、地域での自立までを目指した総合的なライフサポートのためのネットワークができつつあるようです。
 たとえば、通所厚生施設である朝日山学園では、やはりTEACCHプログラムのアイディアが随所に取り入れられていましたし、2001年に特定非営利活動法人(いわゆるNPO)として認可されたそれいゆ相談センターでは親子のための教育相談や教員向けセミナーが実施され、また、それいゆ作業所という通所施設の運営も始まっています。
 
 このレポートでは、今回の見学をもとに、TEACCHプログラムのアイディアを行動分析学から解釈します。TEACCHプログラムについての概要や詳しい情報は、梅永(2001)、藤村ら(1999)、Schopler and Mesibov (1994)などの参考書をご覧下さい。
 


TEACCHと行動分析学


 米国の公衆衛生総監報告書には、自閉症の人たちの教育に有効な方法として、TEACCHと応用行動的な方法の2つがあげられています(注1)。応用行動的な方法というのは応用行動分析学をベースにした方法論のことです。
 最近は、日本でも、障害児教育に携わる先生や保護者の方から、TEACCHと応用行動分析学の違いについて質問されることがあります。ノースキャロライナで行われているTEACCH学会でも討論されることがあるようです。
 本来、TEACCHという名称は、スケジュールやカードの使用という個別の手続きや技法ではなく、ノースキャロライナ州で実施されている、地域での総合的な支援システムを指す固有名詞ととらえるべきとのことです(注2)。これに対して、応用行動分析学は、社会的に重要な行動の問題を解決するための行動科学であり、自閉症や発達障害だけでなく、交通安全や企業での生産性向上、スポーツでのコーチングなどにも適用されています。ですから両者はそもそも比較できるものではありません。敢えてたとえれば、TEACCHと行動分析学を比較するのは、糖尿病患者に対し、ある病院が提供している「総合的なサービス」と、糖尿病の治療に有効なクスリを研究開発する「薬学」を比較しているようなことになるからです。
 米国の公衆衛生総監報告書に応用行動分析学とは記載されていない理由の一つは、応用行動分析学は個別の手続きや技法ではないからなのです。ただし、この区別は先生方や保護者の方には分かりにくいかもしれません。多くの保護者や教師にとって、最も重要なのは個別の手続きや技法、利用できるサービスだからです。それらがどのようにして研究開発されたかは知らなくてもすむことがほとんどだからです。燃費のいい、環境に優しいクルマは欲しいと思っても、全員がそのクルマがどのように開発されたかは興味がないのと同じでしょう。

 自閉症の人たちに有効であると“うたわれた”療法は世の中にたくさんあります。中には、科学的な根拠のないものもあり、たとえばニューヨーク州健康局初期介入委員会では、ちまたにあふれているこうした療法について文献を調べ、評価し、保護者や学校の先生へのガイドラインとして提供しています(注3)。TEACCHと応用行動的な方法は科学的な根拠があるとして推奨されており、応用行動的な方法の科学的根拠が、行動分析学の多くの研究であるということなのです。

 米国では、自閉症児の母親が書いた「わが子よ、声をきかせて」という本(モーリス,1994)がベストセラーになったこともあり、この本で取り上げられたロバースプログラムがあらためて注目されました。ロバースプログラムは、応用行動分析学をベースにした、低年齢の自閉症児のための早期集中介入プログラムで、カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)のロバース博士らが中心になって研究開発したものです。その効果は実証され、現在でも継続して世界的な規模で研究が進められています。日本では上智大学の中野良顯先生の研究室が有名です。
 ロバースプログラムが一種のブームになっていくうちに、保護者や教師の間に、ロバースプログラム=(イコール)応用行動分析という図式がなりたってしまったのかもしれません。
 たとえば、2000年のTEACCH学会に参加した服巻繁先生(注4)からお借りした資料によると、シーゲル博士の発表の中でも、ABA(Applied Behavior Analysis:応用行動分析)=(イコール)ロバースプログラムと捉えて、TEACCHと比較をしていました(注5)。さらにロバースプログラムの特徴として1:1で行う分離試行学習(discrete trialと呼ばれます)をあげていました。
 応用行動分析学をベースにした方法論には、分離試行学習を使うものもあれば、日常的な場面での訓練を重視するものもあります。コミュニケーションの練習をするため小集団での介入を行うこともあります。さらに、音声によるコミュニケーションを標的にすることもあれば、カードなど他のコミュニケーションを使うこともあります。ですから、こうした比較は正確ではないし、生産的ではないでしょう。
 
 行動分析家にとって興味があるのは、TEACCHプログラムが(どんなプログラムでも)成功しているなら、その成功の原因を探ることで、教育における問題解決に役立つ知見が得られるかもしれないというところです。また、TEACCHプログラムの実践家にとっては、行動分析学の考え方を学ぶことで、個々のプログラムの改善、改良のアイディアが得られるようになるかもしれません。

 このレポートの目的はこのような可能性を探ることにあります。


構造化のアイディアのABC分析


 
 2日間という短い見学日程で3つの組織で行われているプログラムの全体像をつかむことは、もちろんとてもできませんでした。よって、ここでは、見学中にかいま見られたプログラムの要素をいくつか取り上げて、それらを行動分析学から解釈してみようと思います。

 TEACCHの文献を読むと「構造化」という言葉がよくでてきます。構造化には物理的構造化、時間の構造化(スケジュール)、個別の作業課題(ワークシステム)、視覚的構造化、ルーティンの設定など、さまざまなアイディアがありますが、いずれも自閉症をもった人たちにとって、環境をわかりやすく設定して、彼らが自立して、安心して行動できるようにするのが目的とされています(梅永,2001; 藤村ら,1999; Schopler and Mesibov, 1994)。
 物理的構造化は部屋や場所をいくつかに区切って、場所とそこで行う活動が一致させる設定です。朝日山学園でもそれいゆ作業所でも、部屋が作業場所(ワークエリア)、休憩場所(プレイエリア)、食事をする場所(フードエリア)、スケジュールをみて次の活動を確認する場所(トランジッションエリア)などに分けられていました。
 それいゆ作業所の水野センター長さんによると、これらの場所に加えて、一人になって気持ちを落ち着かせる場所(カームダウンエリア)が欠かせないそうです。また、カームダウンエリアは一つの場所を他の人と共有することが難しいので、どうしても個別に必要になるとのことでした。
 「自立」ということがどういうことなのかについは議論の余地があるにしても、日常生活を考えた場合、家族や指導員から1つ1つ指示されなくても動けるようになるというのは、本人にとっても周りにとっても重要なことだと思います。
 行動分析学から考えれば、日常生活の行動の弁別刺激(行動の手がかり)が、家族や教師や指導員ではなく、環境刺激へと移行していくこと、と考えられます。「食事の時間です」と言われてから食堂に行くのではなく、時計が12時になったら食堂に行くとか、「着替えなさい」と言われて着替え始めるのではなく、出かける前になったら着替え始めるということです。
 この例を使ってABC分析してみましょう。私たち健常者は、次の図のように、比較的曖昧な先行条件を手掛かりにして行動しています。
 

ABC分析:日常生活の自立

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
お昼休みになる
(時計が12時を示す)
(お腹がすく)
食堂へ行く 食事をする(↑)


A:先行条件 B:行 動 C:結 果
(外出する時間になる) 着替える 外出する(↑)

 

 

  
 ところが、自閉症に限らず何らかの知的発達障害をもった人にとっては、環境の中の漠然とした刺激を手がかりにして行動することはとても難しいようです。ですから、家族や教師など、周りの人たちも、言葉がけや指さし、身体的誘導によって弁別刺激を補強しがちです。これが日常茶飯事になると、先行条件が他者依存になってしまいます。また、本来の自然な随伴性だけではなく、指示に従えばとりあえずそれ以上は指示されない、あるいは怒られることがないといった、他者依存の結果による強化も起ります。
 次のABC分析は、このような他者依存の行動随伴性を示しました。なぜ、彼らがいわゆる「指示待ち」と言われる状態になりがちなのか理解できると思います。
 

ABC分析:日常生活の援助

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
「食堂へ行きなさい」 食堂へ行く

注意されなくてすむ

(↑)


A:先行条件 B:行 動 C:結 果
「着替えなさい」 着替える

怒られなくてすむ

(↑)



 TEACCHプログラムの構造化のアイディアは、先行条件や結果が他者依存にならずに、日常生活の環境によって行動が誘発されるようにするものだと考えられます。

ABC分析:スケジュールによる日常生活の自立

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
スケジュールの中で
昼食のカード

カードをとって

食堂へ行く

食堂の前の箱に

カードをいれる(↑)


A:先行条件 B:行 動 C:結 果
スケジュールの中で
着替えのカード
着替える カードをめくる(↑)



 TEACCHプログラムでは、このように、スケジュールや課題で、何かを「入れる」「はめる」「あわせる」という行動が多く使われています。服巻繁先生によれば、自閉性障害を持っている子どもには、この種の行動が元々得意な子どもが多く、その特性を活かしているとのことでした。行動分析学からすれば、「入れる」「はめる」「あわせる」など、自発頻度の高い行動(好子)を自発頻度の低い行動(標的行動)に随伴させることで強化する、プリマックの原理を使っていることになります。

 佐賀大附属養護でも、朝日山学園でも、それいゆ作業所でも、児童や生徒、利用者一人一人の一日のスケジュールが壁にはってあります(写真)。

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 スケジュールは写真カードの場合もあれば、文字だけの場合もあり、個々の行動レパートリーにあったものが採用されるそうです。また、クリップで止めておいたカードを裏返したり、移動する場合はそこへ持っていって箱に入れたりします。残念ながら、スケジュールの使い方を教える場面には遭遇しませんでしたが、おそらく最初は指差しや、身体的誘導、言語指示などを使い、徐々にフェードアウトしているものと思われます。
 その指導過程で、そして獲得後も毎日このスケジュールを使うことで、おそらくはカードをめくったり、箱に入れることは、もともとはこうした行動が好子ではなかった子どもにとっても、派生の原理によって習得性好子になっていくものと思われます。また、めくったカードに示された行動は繰り返しても強化されないので、カードがめくられた(あるいは箱に入った)状態は、その行動にとって消去の弁別刺激(Sデルタ)になるわけです。日常的な言葉で言えば、「終わり」の合図を教えることができるということです。

 カードを裏返すことや箱に入れることが習得性好子として確立できれば、本人にとって楽しくない活動も強化することが可能になるはずです。ですから、おそらく、スケジュールをうまく使うには、こうした習得性好子を早いうちに確立すること、それから、次の活動が好子であるとき(食事や外出)とそれ以外であるとき(次の作業など)の弁別が進まないように、共通のやり方で、しかもかなりの割合で強化的な活動をいれることが必要になるのではないでしょうか。
 前者に関しては、個別の作業課題(ワークシステム)でも同様の仕組みを使うので、作業課題の指導とスケジュールの使い方の指導とは相互に補完し合うことになるはずです。後者に関しては、たとえば、作業を10種類以上やって、そのたびにカードを裏返していき、最後におやつの時間を設定したりすると、時間的な手がかりによって、作業前半での習得性好子の強化力が弱まるかもしれません。


ABC分析:ワークシステムによる般性習得性好子の形成

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
スケジュールの中で
課題のカード
課題をする 課題のカードをめくる
[↑派生]
好きな活動ができる(↑)


 

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 場所の構造化については、極端な例をあげて解説します。たとえば、同じテーブルで遊びも食事も、作業もする場合を考えてみましょう。
 

ABC分析:同じテーブルでいろいろな活動をすることによる混乱

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
(休憩時間)
テーブルに座る
先生にちょっかいをだす 遊んでもらえる(↑)
(昼食の時間)
テーブルに座る
ジュースを要求する ジュースが飲める(↑)
[↓派生]
(作業の時間)
テーブルに座る
先生にちょっかいをだす
ジュースを要求する
怒られる(↓)
無視される(↓)



 健常の成人なら、テーブルに座ったということだけではなく、今、何をする時間なのかを示す刺激(時計とか、時間割とか、その前にやっていたこととか)を弁別刺激にして、その場面と時間にあった行動が誘発されます。しかし、こうした手がかりを弁別刺激にすることが困難な人たちには、分かりやすい「テーブルに座った」という先行条件が、他の場面で強化されていた行動(先生にちょっかいをだす、ジュースを要求するなど)を誘発してしまいます。
 そこで、分かりやすくするために「テーブル」ごと場面によって分けてしまいましょう、というのが場所の構造化のアイディアだと思われます。

ABC分析:違うテーブルでいろいろな活動をすることによる弁別

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
プレイエリアの
テーブルに座る
先生にちょっかいをだす 遊んでもらえる(↑)
食堂の
テーブルに座る
ジュースを要求する ジュースが飲める(↑)
ワークエリアの
テーブルに座る
課題をする 好きな活動ができる(↑)



 行動分析学から考えれば、同じような効果は、必ずしも場所を手がかりにしなくても、他にわかりやすい弁別刺激さえ用意すれば可能かもしれません。実際、水野さんのお話では、色の違うテーブルマットを使うことで構造化がうまくいくこともあるとのことでした。
 学校も家庭でも、活動別に場所を分けるような広い環境が手に入ることはなかなかないでしょうから、こういった実践研究がもっと進められてもいいのではないでしょうか。
 先行条件に2つ以上の刺激要素がある場合を複合刺激の弁別と呼ぶことがあります。自閉症をもった人は、複合刺激の弁別が困難であることが知られています。実は、このことは前述のロバース博士らの基礎的な研究によって明らかにされ、刺激の過剰選択性として知られるようになったものです。TEACCHの実践家もこれを“シングルフォーカス”と呼び、自閉性障害の特色と捉えているようです。
 応用行動分析学の最近の研究では、練習によって、刺激の過剰選択性(もしくはシングルフォーカス)を矯正し、複合刺激の弁別ができるように教えられることがわかってきています。このあたりの話はホーナーら(1992)の著書、「自閉症、発達障害者の社会参加をめざして-応用行動分析学からのアプローチ」に詳しいですから、ご参照下さい。

 朝日山学園でも、それいゆ作業所でも、行動分析学でいうトークンシステムが随所に取り入れられていました。朝日山学園の田中施設長さんのお話では、シールやコインだけではなく、利用者の方の理解度にあわせて、たとえば4つに分割されたクルマの写真カードが全部そろったらドライブにいけるようにするなど、個別に配慮されているそうです。これまで読んだTEACCH関係の図書にはあまりトークンシステムに関する記述をみかけなかったので、これは意外な発見でした。

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 自閉症をもった人には、「よくやったね」とか「それはだめ」といった、他者からの言葉がけによる強化や弱化がうまく機能しない場合があります。他者とのやりとりが習得性好子や習得性嫌子になる過程に障害の影響があるのかもしれません。ところが、そういった症状をもった人でも、トークンシステムならうまくいくケースがあるようです。
 TEACCHプログラムの中心的な人物であるショプラー博士とメジボフ博士が編集した著書「BehavioralIssues in Autism」では前述の「自閉症、発達障害者の社会参加をめざして」の共著者でもあるケーゲル博士ら行動分析家もいくつかの章を執筆しています。特に、第5章「Self-Management of Problematic Social Behavior」では自閉症をもった人たちにセルフマネジメントを教える重要性とその方法が解説されています。
 発達障害により言語レパートリーが限定されている人には、「こういうときは、こうすれば、こうなるよ」という、行動と環境の関係(すなわち行動随伴性)を言葉で教えるのは難しいかもしれません。しかし、トークンシステムを使って、たとえばシールを10枚集めれば(円がすべてシールで埋まれば)、ジュースが飲める/ブロックで遊べる、という随伴性は「理解」できるようになります。トークンシステムは、言葉を使わずに随伴性をルールとして教える手続きとみなすこともできるでしょう。

 トークンを習得性好子として確立できれば、たとえば、物理的環境やスケジュールが必ずしも構造化されていない場面(一般就労や地域での生活場面など)でも行動マネジメントに利用できるし、バックアップ好子との交換を通じて、労働と対価の関係も教えることができます。TEACCHプログラムとの併用には意義があると思いました。


スタッフマネジメント



 私の専門は障害児教育ではなく、教師教育やスタッフマネジメント(組織行動マネジメント)です。その意味では、佐賀大学附属養護学校でも、朝日山学園でも、教師の行動やスタッフマネジメントに注目していました。
 どちらでも共通に印象に残ったのは、教室や部屋の壁に、児童・生徒、利用者のためのスケジュールがはってあるだけではなく、先生方やスタッフのための「覚え書き」が掲示されていたところです。たとえば、「着替えのAくん」というタイトルのメモには、Aくんの着替えで補助が必要なところ、有効なプロンプト、要求水準などが書かれていました。写真はラミネートされたきれいなメモでしたが、手書きのメモもたくさんありました。朝日山学園でも同じでした。

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 もちろん、より詳細で正式な個人記録があります。佐賀大学附属養護学校では個別指導計画(IEP)が、教師、保護者、専門家の三者間でたてられ、それを元に指導が進められ、記録も蓄積されています。朝日山学園でも利用者本人と保護者の要望を聞くミーティングを頻繁に開いて、個別援助プログラム(IHP)を作成し、それにしたがってサービスを提供しているそうです。
 しかしながら日々の指導にあたっては、その時々で、すぐに参照できると便利な指導のポイントがあるはずで、そうした情報が他の教師やスタッフと共有できる、シンプルな形で用意されているのは素晴らしいと思いました。
 
 佐賀大学附属養護学校では、学部間の引継について先生方からお話をお聞きしました。基本的には、小学部最後のIEP評価ミーティングには中学部の先生方全員が参加され、一人の子どもにつき2時間ほどかけて情報を引き継ぐそうです。また、中学部から高等部への引継にも同様のミーティングがあるそうです。ただ、実際には、日常の指導場面で困ったら、すぐに前の担任にアドバイスをお願いしたり、以前に担任していた子どもに手こずっているのを見たらすぐにアドバイスしたりするそうです。教員間の遠慮のないやりとりがうまく機能しているようでした。

 こうした遠慮のないやりとりがうまく機能するにはどのような環境設定が必要なのでしょうか? 行動分析学から見ると、佐賀大附属養護には、いくつかキーとなる条件がそろっているようです。
 
(1) 学校全体が共通言語を持っていること
 一部の先生方がTEACCHプログラムを導入しているのではなく、学校全体に導入され、すべての子どもに同じ考え方で指導プログラムが組まれているので、先生方同士のコミュニケーションが具体的で即効性があると思われます。見学中も、先生同士が「構造化」などのキーワードを使って話をしていました。
 私は近年、学校現場で応用行動分析学の考え方を先生方に教える仕事をしています。そうしたプロジェクトで発見することも同じです。子どもや学習をとらえる「切り口」に関して先生方の共通理解が進めば、たとえ一人一人の先生方の意見や解釈はさまざまでも、問題解決のためのコミュニケーションが円滑になっていくようです。
 一度、組織全体に共通言語が浸透すると、人事異動などによって、新しい教員が配置転換されてきた場合でも、「新人」の方が少ない限り、彼らの最初の仕事は、まずその共通言語を学習することになり、システムが特定の人物に頼ることなく維持される可能性が高くなると考えられます。
 
(2) 環境に目を向けること
 TEACCHプログラムは、構造化のアイディアを重視するところからわかるように、障害そのものを「治療」するのではなく、障害を持ちながらも学習や生活ができるように環境を整備していくという考えをもっています。この点では、個人攻撃をせず、常に環境に目をむける行動分析学の考え方と融和性が高いと言えるでしょう。
 教師がこうした考えをもつことで、同僚教師の「教え方」を批判するのではなく、環境設定の具体的な方法を提案できるというメリットがあります。提案された方は「非難された」という感情を持ちにくいからです。

ABC分析:環境に注目した具体的なコミュニケーション

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
同僚教師から
「その子はそれじゃわからんよ」
と言われる
[→レスポンデント]
むかっとする
 


A:先行条件 B:行 動 C:結 果
同僚教師から
「その子は文字だけのスケジュールの方がうまく動けるよ」
と言われる
[→オペラント]
スケジュールを改訂する
子どもの動きがよくなる(↑)

 

 



(3) 研修プログラムが用意されていること
 新任の教師のために、自閉症やTEACCHプログラムについての研修会が毎年開催されているそうです。研修会などの企画を支援する管理職の協力が重要になると思われます。

(4) 教師間のネットワーク
 これは余談としてお聞きしたことですが、附属養護学校の先生方の多くは、佐賀大学教育学部の卒業生であり、先輩・後輩のつながりが強いそうです。学閥のようなネットワークは、ともすれば組織全体の機能向上よりも自己保身を優先することでマイナスに働きがちです。それに、佐賀大学の教員養成や研修にTEACCHプログラムが含まれているというわけではないとのことです。しかしながら、先輩を大切にし、後輩を育てるという風土が、この学校においては学校全体でTEACCHプログラムを導入するということにプラスに働いているようでした。

 このように、ある手法や手続きを学校や組織全体で使うことには大きなメリットもありますが、もちろんデメリットも考えられます。そしてこれはTEACCHに限ったことではなく、組織をマネジメントしていく上で、バランスをとらなくてはならないことの一つです。
 手法や手続きがあまりに画一的になってしまい「型」が重視されるようになると、その型にあてはまらない子どもへの対処が最善ではなくなってしまうかもしれません。逆に「型」なしでは、教師一人一人の力量に依存する部分が大きくなります。「いい先生にあたるとラッキーだけど.....」ということになりかねません。
 標準的な手法を「型」として導入すると、教育の質の「平均値」は保証され、ばらつきも小さくなるが、抜きんでた成果も出にくくなる、というのが私見です。
 佐賀大学附属養護学校は確かに評判通りで、子どもたちの行動は素晴らしく落ち着いていました。特に中学部で見学させていただいた、空き缶のリサイクルを模した授業は、スケジュールやワークシステムなど、構造化の効果が明確に現れていました。しかし、この子どもたちが卒業して、これほど構造化されていない環境に放り込まれたら、いったいどうなるだろう?と素朴に疑問に思ってことも確かです。実際、朝日山学園やそれいゆ作業所に通所できる卒業生の数は限られています。大部分の子どもたちは、学校ほど構造化されていない社会へ帰っていくことになるわけです。

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 子どもたちの中には、ここまで構造化しなくても自立した生活を送っていけるようになる子どももいるのではないだろうか? スケジュールやワークシステムなどを使うことが最初から前提となっていては、こうした子どもたちの力を最大限伸ばすことができなくなる可能性はないだろうか?という疑問です。
 もちろん、繰り返しになりますが、スケジュールやワークシステムなどがなければ、本当に辛い毎日を送ることになる子どもさんたちも多いはずです。ですから、これはあくまでも、どこでバランスを取るかという議論でしかないとは思います。
 この点に関しては、最後に「ライフサポート」についてもう一度考えてみようと思います。


ライフサポートについて



 佐賀大学附属養護学校でも高等部では、小学部・中学部ほどは環境が構造化されておらず、他の養護学校とそれほど変わらない子どもたちの様子も見られました。これにはカリキュラムなど様々な事情があるそうです。「ライフサポート」を重視するTEACCHの本来の考え方からすれば望ましくない、あるいは改善の余地のある点かもしれません。
 しかしながら、実際には卒業生のほとんどが学校ほどは構造化されていない現状を考えれば、学校と社会の中間地点として、ショックアブソーバー的な役割、あるいはもっと積極的に、構造化された環境を、TEACCHを知らない職場や施設に自ら持ち込めるようにプログラムしていける時期と見なすこともできるのではないでしょうか?
 たとえば、スケジュールが壁にはっていなくても簡単な手帳みたいなものを見ればいいようにするとか、自立課題でも「左から右」や「上から下」といった固定した順序ではなく、矢印の順序に従うことを教えるとか、あるいは前述のセルフマネジメントスキルを教えるとか。小中学部でせっかく学んだ行動が、非構造化された環境で失われないように、構造化された環境を持ち歩けるようにする工夫が考えられると思いました。
 TEACCHの本来の考え方は、自閉性障害をもった人が暮らしやすいように環境の方を整備することにあります。ですからノースキャロライナ州では、学校だけではなく、卒業後の地域の公的サービスにも構造化のアイディアが取り入れられており、このために、自閉性障害をもった人で入所しているのは全体の8%だけ(他の州では40-78%)ということです(Shopler, 1994, p.68)。
 佐賀では、ここ数年間で、多くの施設関係者が朝日山学園とそのプログラムを見学、研修に来ているそうです。自閉症センターの設立も計画されています。卒業後の生活にもTEACCHの構造化のアイディアが取り入れられるようになっていく可能性は大きいようです。
 日本で行動分析学から福祉の問題に取り組んでおられる望月先生は、研究室やクリニック、学校などで有効とわかった指導法や支援法が見つかったときには、それは地域での生活に般化することを「願う」のではなく、効果的であると分かっている環境条件が地域での生活に実現するように、社会に対してもっと積極的に要求していくべきであると論じています(望月, 1997)。
 このためには、学校だけでなく、保護者(親の会など)、福祉施設、行政、大学などの研究者がネットワークを作って、包括的なシステムづくりをする必要があると改めて感じました。




注 釈


(1) 米国公衆衛生総監報告書は以下のHPで閲覧できます。
  http://www.surgeongeneral.gov/sgoffice.htm
(2) 服巻智子(私信)。服巻智子先生は佐賀大附属養護学校在籍中に同校にTEACCHプログラムを導入された先生です。ノースキャロライナへ留学され、トレーニングを受け、現在は、NPO、それいゆで活動されています。
(3) New York State Department of Health Early Intervention Programが提供してる情報で、以下のHPから閲覧できます。
  http://www.health.state.ny.us/nysdoh/eip/autism/index.htm
(4) 筑波大学で応用行動分析を学び、1年間ノースキャロライナへ留学された先生です。現在は、西南女学院大学に所属されています。
(5) Siegel, B. (2000) An overview of educational approaches to Autism. Paper presented at 21 st Annual TEACCH Conference.


引用文献・参考文献


梅永雄二(編著) 2001 自閉症の人のライフサポート-TEACCHプログラムに学ぶ-福村出版
藤村 出・服巻智子・諏訪利明・内山登紀夫・安倍陽子・鈴木伸五 1999 自閉症のひとたちへの援助システム-TEACCHを日本でいかすには- 朝日新聞厚生文化事業団
望月 昭(1997)“コミュニケーションを教える”とは? 行動分析学によるパラダイムチェンジ 障害児・者のコミュニケーション行動の実現を目指す応用行動分析学入門 小林重雄(編) 学苑社 Pp. 2-25.
R. ホーナー・G.ダンラップ・R.ケーゲル(編)1992 自閉症、発達障害者の社会参加をめざして-応用行動分析学からのアプローチ
C. モーリス(著) 1994 わが子よ、声を聞かせて-自閉症と闘った母と子- NHK出版
Schopler, E., & Mesibov, G. B. 1994 Behavioral issues in autism. Plenum Press, New York

謝 辞


 今回の訪問研修ではそれいゆの服巻智子先生にたいへんお世話になりました。服巻先生ご夫婦には、以前より、TEACCHプログラムに関する貴重な情報を提供していただいております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。また、お忙しい中、見学を受け入れて下さった、朝日山学園の田中先生、それいゆ作業所の水野先生、佐賀大学附属養護学校の福山副校長先生・須藤教頭先生以下、附属養護学校の先生方に感謝の意を表します。