ワークショップ:パフォーマンス・マネジメント-組織における行動分析学- |
このワークショップでは、1998年12月19日に立命館大学で開催された行動分析学会公開講座『ヒューマンサービス領域における応用行動分析:プロフェッショナルのツールとしての行動分析学』で講演した資料を中心に、パフォーマンス・マネジメントについて解説します。
もちろん、組織の目的を達成したり、問題を解決するのに役立つことは言うまでもありませんが、他にもメリットがあります。それは『共通言語』としての役割です。
組織の中で問題を解決していくためには、複数の人間の共同(コラボレーション)が重要になってきます。そして、チームで問題解決に取り組むときに、問題をどのように捉えるかとか、解決策をどのように評価するかといった基本的な考え方でメンバーが合意していなければ、仕事は立ち行かなくなってしまいます。チームで問題解決に取り組むための共通の考え方としてパフォーマンス・マネジメントを採用すれば、コミュニケーションは容易になり、解決策立案までの苦労も少なくなります。
『共通言語』はパフォーマンス・マネジメントでなくてもいいように思われるかもしれません。確かにチームのメンバーの合意があればいいのですから共通であれば、他の考え方や方法論でもよいわけです。それでは、『共通言語』にパフォーマンス・マネジメントを選ぶと、どんなメリットがあるのでしょうか?
行動分析学は、教育、臨床、福祉、医療、産業、スポーツ、交通安全、地域の問題など、社会の様々な問題の解決に応用されています。でも、問題の捉え方、分析の仕方、解決策の評価方法などは共通しています。つまり、他の分野で成功した方法、たとえば、アメリカンフットボールのコーチングとチームのマネジメント手法を、レストランでの顧客対応のトレーニングとマネジメントに取り入れることも不可能ではないのです。応用の対象を超えた汎用性、問題解決のための『共通言語』としてのメリットがあるわけです。
ここでは、サルザーアザロフらが工場における事故を減らそうとして行った組織行動マネジメントの研究*を例にして、パフォーマンス・マネジメントの進め方をステップ・バイ・ステップで解説しましょう。
*Sulzer-Azaroff, B., Loafman, B., Merante, R., & Hlavacek, A. C. (1990).
Improving occupational safety in a large industrial plant: A systematic replication.
Journal of Organizational Behavior Management, 11, 99-120.
ステップ1:解決すべき問題から、標的行動を定義する
どんな問題を解決すべきか、そして何が本当の問題なのかを明らかにしましょう。そして問題や問題の原因を、具体的な行動として定義することが大切です。この場合、職場におけるセクシャルハラスメントのように、行動自体が解決すべき問題になっている場合もあれば、生産ラインでの粗悪品のように、問題を解決するために何らかの行動の変容が必要な場合もあります。これを増やせば(あるいは減らせば)問題は解決するといった、問題解決の核となる行動を見つけるのが先決です。そしてこれを標的行動と呼びます。
標的行動は、具体的な行動であること、客観的に測定できること、標的行動の変化が他に悪影響を及ぼさないこと(他の仕事の妨害要因にならない、担当者から不平不満を買わないなど)、組織の目的に合致していること(組織の理念や社会の常識に反しないなど)、などを基準に定義します。「自覚を持つ」や「事故を起こさない」などは、こうした条件にあわないので、標的行動として適切ではありません。
サルザーアザロフらは工場での事故を防止するために、直接、事故を起こす行動ではなく、安全を確保する行動に注目し、具体的な行動をリストアップしました。これらは、ゴーグルを着用する、安全靴を履く、一度に2枚以上の板は運ばない、物を移動するときには腰をひねらず体全体を移動するなど、10数個の項目に及びました[具体的]。各項目は誰が見てもその生起が確認できるように具体的に定義されました[客観的]。こうしたリストを作るさいには「安全を心がける」や「足下に注意する」などといった曖昧な定義もでてきます。そのときには、それが実際にはどんな行動からなるのか、具体的にしていきます。
ステップ2:観察する対象を選択する
行動分析学の研究の世界では、行動の観察は、厳密に、正確に行われます。そうしないと信頼できるデータが得られず、意味のある研究成果が示せないからです。でも、パフォーマンス・マネジメントの目的は研究成果ではなく問題の解決です。ですから、問題が本当に解決できたかどうかを確認するための最低限の測定を、できるだけ正確に、できるだけ手間をかけずに行います。ここはかなりの工夫がいるところでもあります。
手間をかけずに測定するためには、たとえば、行動ではなく行動の所産や形跡を測定します。タバコを吸っているところを見つけて記録するのではなく、吸いがらの数を数えるとか、作業に従事していた時間を測定するのではなく、できあがったレポートの数を数えるというように、行動が終わった後に残っている物を観察、測定するのです。
サルザーアザロフらの研究でも、たとえば、ゴーグルの着用について、ゴーグルをかける行動そのものを観察・記録しているわけではありません。むしろ、ゴーグルをかけているかどうか、すなわちゴーグルをかける行動の所産を記録したのです。
ステップ3:観察の測度を選択する
観察の対象が決まったら、それをどのように記録するか決めます。大きく分けて次の5種類の測度、あるいは複数の測度の組み合わせで記録します。
頻 度
単位時間あたりに行動がどれくらい生起しているかを記録します。行動分析学で最も基本となる測度です。1時間あたりの製品査定数、1週間あたりの顧客訪問数、1日に処理する書類の数、報告書1ページあたりの誤字脱字の数など。
機会あたりの頻度
ある条件で、ある行動が起こる頻度が問題にされるときは機会あたりの頻度を記録します。たとえば、顧客に対する挨拶の仕方を標的行動とした場合、顧客と接しないと挨拶をする機会がないので、単位時間あたりの頻度は無意味です。よって機会あたりの頻度を測定します。
間隔/スピード
行動が起こる時間的間隔が問題になるとき、あるいは行動のスピードが重要なときにこの測度を用います。会話の「間」や機械を扱うときのタイミングなどもここに含まれます。
潜 時
厳密には行動開始の手がかりが提示されてから行動が始まるまでの時間を指します。反応時間とも言います。電話がなってから受話器を取るまでや、会議で意見を求められてから手を挙げるまでの時間差などが考えられます。
強 度
行動の強さを測る測度です。声の大きさ(抑揚も含めて)、スイッチを押す力などがこれにあたります。
ステップ4:測定方法を選択する
パフォーマンス・マネジメントの特徴の1つは、マネジメントに関わる意思決定をデータに基づいて行うところです。そのためには、妥当性と信頼性の高いデータが常時利用できるような測定の仕方を考えます。また以下にコストをかけずに測定するかということも工夫のしどころです。
サルザーアザロフらの研究では、観察者が1週間に1回工場を訪問し、標的行動のリストを持って工場内を見回り、安全行動がどれくらいの頻度で実行されているかを測定していきました。
ステップ5:実験計画法を選択する
問題を解決するために実施した手続が、本当に問題を解決するのに役立っているのか、これを確認するのが手続の評価です。
行動分析学の研究では、行動と環境変数の因果関係を検証するために、一事例研究法とか、単一被験体法と呼ばれる独特の実験計画法を使います。詳しくは「ワークショップ:教育実践研究のための一事例研究法」をご覧下さい。パフォーマンス・マネジメントで重要なのは、組織の目的の達成や問題の解決に、最も有効で効率の良い方法を選び、改善していくために、勘や感想ではなく、データを利用するということです。
サルザーアザロフらの研究では、安全行動のリストのうち、実施されているとチェックされた項目の割合を毎週グラフにしていきました。下の図では、これを7週間続けたことがわかります。ベースラインといって、問題解決のための手続を導入する前に、本当に問題が実在するのか、どのくらい問題なのか、何もしなくても改善しつつあるということはないのか、などを確認するための期間です。これがなく、いきなり手続を導入してしまったら、たとえデータが100%を示しても、もしかしたら元々100%であったという可能性を拭いきれなくなります。そのままでは、本当は必要のないパフォーマンス・マネジメントの手続を手間をかけて続けてしまうことになります。
サルザーアザロフらは、8週目から、目標設定とフィードバックという手続を開始しました。図中、目標と書かれている横線が安全確保プログラムで設定された目標です。工場長からの賞賛(強化)は目標を超えたときのみ行われました。目標は徐々に引き上げられ、それにつれて安全行動のパフォーマンスも向上したことがわかります。実はこの方法は「基準変化法」と言って、単一被験体法の1つです。これがたとえば下の図のように行動が変化していたとしたらどうだったでしょう?
用語:社会的妥当性 |
パフォーマンス・マネジメントの目的や手続き、成果が関係するすべての人々にとって好ましいものであったかどうか。 |
用語:経済的妥当性 |
パフォーマンス・マネジメントの成果が、それを達成するために要した人的・物的・金銭的な費用に見合うものであったかどうか。 |
サルザーアザロフらの研究では、プログラム導入のための初期コスト(主にコンサルタントと内部スタッフの人件費)が$20,000、プログラムを持続するための運営コスト(スタッフの人件費、報酬など)が年間$35,000と算定されています。これに対しプログラムのメリットは1回の事故による被害コスト($17,000)を元に計算されました。プログラム導入前後の6カ月で減少した事故の数、10をかけると$170,000となり、初期コストと初年度の運営コストを差し引いても、$135,000の利益がでたことになります。
ステップ9:評価にもとづいた改善
介入プログラムが最初から意図した通りの効果を上げるとは限りません。特にパフォーマンス・マネジメントなど、組織で導入される介入プログラムは複雑になりがちで、予測できない変数も多いのが普通です。介入プログラムが最大の効果を上げるためには、プログラムの修正や追加による改善努力が不可欠なのです。
パフォーマンス・マネジメントの技法は万能薬ではありません。組織のマネジメントに関していえば、どんな企業にも適合する方法論というのは存在しません。パフォーマンス・マネジメントの技法も例外ではありません。ところが、パフォーマンス・マネジメントが、他のハウー・ツー的な方法論と大きく異なる点は、それが行動分析学というより基礎的な科学にもとづいているところにあります。つまり、一つの技法がうまくいかないときには、なぜうまくいかないのか、どうすればうまくいくのかを、単なる推測やあてずっぽうによってではなく、データにもとづいて論理的に導きだせるのです。成功への確率が高いのはこのためです。
確かに組織のマネジメントには文化的な要因が大きな影響を与えています。だから、アメリカで成功した方法論をそのまま日本へ持ち込んでも成功するとは限りません。ただ、ハリウッド映画やマクドナルド、ディズニーランドの例をあげるまでもなく、アメリカの文化が日本の社会に受け入れられている側面も無視できないでしょう。
ちなみに私はかつて、ある会社のリーダーシップ養成プログラムのために「部下を誉める」という行動を増やすトレーニングを行ったことがあります。結果は悲惨な失敗でした。日本には面と向かって相手を誉めるという文化がありません。むしろ「わざとらしい」として社会的妥当性も低かったのです。ところが、同じ会社の同じリーダー達に、毎週、部下に作業達成率をフィードバックするという手法は問題なく受け入れられたのでした。
要するに、一つの文化で成功した「技法」が別の文化で成功するかどうかは、実証的にのみわかることだということ。そして、パフォーマンス・マネジメントはその文化で何が受け入れられて、何が受け入れられないかを科学的に分析することも可能ですから、成功の確率を高めるような工夫もできるのです。日本でパフォーマンス・マネジメントの導入に成功している人たちがいることからも、これは明らかだと思います。