教材:基礎学力を向上するディレクトインストラクション

 ディレクト・インストラクション(Direct Instruction)は、現オレゴン大学のEngelmann教授が中心となって、1960年代より開発・改善を進めてきた教育方法です。基礎学力(読み・書き・計算)の確実な習得に焦点をおき、その効果は、米国の教育省が行ったプロジェクト・フォロースルーという比較実験でも確認されています。現在では、幼稚園から中学(K-12)向けの教材が商品化され、SRAという教材会社から販売されています。

 最近、子どもの基礎学力の重要性を再認識している米国では、かつては教師主導型授業の典型として敬遠していたディレクト・インストラクションが見直されています。この背景には、学校や教師がアカウンタビリティを果たすためには、しっかりした研究で教育効果が実証されている教育方法を用いなければならないという認識もあるようです。

 ここでは、日本ではまだあまり知られていないディレクト・インストラクションについて、簡単にご紹介しようと思います。


ディレクト・インストラクションの特色

対象とする学年と教科:

 小学校が中心ですが、幼稚園、中学校、成人のリテラシープログラム、学習障害児への補習などにも使われています。

 ディレクト・インストラクションでの「教科」は通常の「教科」とは多少異なっています。たとえば、文字を読むことを教える「reading」と、スペリングを教える「spelling」は別々の教科書ですし、文章理解を教える「corrective reading」や「Horizons」も別です。この他に算数の教科書があり、それぞれに教材や教師用の指導書が用意され、市販されています。

指導方法:

 通常の学級で、一人の教師が多数の児童に一斉指導ができるように、様々な工夫がなされています。ディレクト・インストラクションの授業は、基本的に、教師から児童への頻繁な発問と、それに対する、クラス全体、あるいは小集団による一斉の回答から成り立ちます。一斉に声にだして回答させることで、児童に集中させることができます(サボることができない)。回答した途端に自分の答えの正誤が確認できるので即時フィードバックの機能もあり、また、教師は誤答を続けている児童を見つけて対処することもできます。1回の授業で300以上の発問と回答がなされるように設計されています。

 教材や教科書のどこを読んで、何を考え、どんな答えをすればよいかなど、教師から児童への教示は、すべて台本として指導書に示されています。たとえば、下の台本は、「Reasoning and Writing」の教科書で「演繹」を教える部分のものです。

1.みんなCの絵を見て下さい。
 これから3本の矢による演繹法を勉強しましょう。難しいけど、頑張りましょう。

2.(板書する)


・(矢印1を指差しながら) この矢印の最初の言葉は「すべての」ですね。「すべての」って書いてある所を指差しましょう。
・それでは「すべての」のすぐ後ろの絵を指差して下さい。
・何の絵かな? 鳥。
・そうですね。この矢印のルールの前半は「すべての鳥には」です。
・前半の部分をみんなで言ってみましょう。 すべての鳥には

3.それでは今度は、矢印1の一番右にある言葉を指差して下さい。
・何と書いてありますか?「がある
・そうですね。「がある」です。何かがあるというのが矢印1のルールの後半部分になります。
・前半と後半をあわせて、矢印1のルールができあがります。いいですか? すべての鳥には何かがあるです。

4.さあ、右側の絵を指差して下さい。
・この絵にはすべての鳥にある何かが描かれています。
・それは何ですか? 
・いいですね。 それでは先生が、矢印1のルールを言っていきます。
・皆さんは、先生の言ったところを指差していって下さい。準備はいいですか?
 すべての
 鳥
 には
 羽
 がある。

5.全員で矢印1のルールを言ってみましょう。
 すべての鳥には羽がある。
(全員が言えるようになるまで繰り返す)

6.今度は、矢印2を指差して下さい。左側の、上向きの矢印です。
・(矢印2を指差す)
・これが矢印2です。指差していますか?
・矢印2の下には絵がありますね。
・何の絵ですか? ワシ
・矢印2は、ワシがその上の絵に含まれることを示します。ワシは鳥である。これが矢印2のルールになります。いいですか? ワシは鳥である。

7.全員でこのルールを言ってみましょう。 ワシは鳥である
(全員が言えるようになるまで繰り返す)

8.今度は矢印3です。右側の上向きの矢印を指差して下さい。
・(矢印3を指差す)
・この矢印を指差していますか?
・この矢印の下の絵は何ですか? ワシ
・そうです。また、ワシの絵です。
・ワシの絵の左側には、だから、と書いてありますね。「だから」を指差して下さい。
・何と描いてありますか? だから
・さあ、そのまま矢印の向きに上を見て下さい。ワシにある何か、の絵があります。ワシには何がありますか? 
・これが矢印3のルールです。だからワシには羽がある。

9.一緒に言って見ましょう。だからワシには羽がある
(全員が言えるようになるまで繰り返す)

10.さぁ、それでは先生が3本の矢のルールを全部言ってみます。矢印1から始めます。
・(矢印1を指差す)
・よく聞いててね。すべての鳥には羽がある。
・(矢印2を指差す)
・ワシは鳥である。
・(矢印3を指差す)
・だからワシには羽がある。

11.もう一度。
・(矢印1を指差す)
・すべての鳥には羽がある。
・(矢印2を指差す)
・ワシは鳥である。
・(矢印3を指差す)
・だからワシには羽がある。

12.今度はみんなの番です。3本の矢による演繹を言ってみましょう。先生が矢印を指差して行きますから、それに従って言いましょう。最後の矢の時に「だから」と言うのを忘れないようにして下さい。

13.(矢印1を指差す)
・矢印1のルールは? すべての鳥には羽がある。
・(矢印2を指差す)
・矢印2のルールは? ワシは鳥である。
・(矢印3を指差す)
・矢印3のルールは? だからワシには羽がある。
(全員が言えるようになるまで繰り返す)

14.今度は先生が指差ささなくても自分で言えるように練習しましょう。いいですか。矢印1、矢印2、矢印3の順序にルールを言うんですよ。すべての鳥には羽がある。ワシは鳥である。だからワシには羽がある。
(全員が言えるようになるまで繰り返す)

15.3本の矢による演繹が言えるようになった人、手を挙げて下さい。
(挙手した児童をあて、ルールを言わせ、正答を誉める)

 百聞は一見にしかり。ビデオクリップを用意したのでご覧下さい。


どのくらい効果的なのか?

 右のグラフは、米国で行われた、プロジェクト・フォロースルーという研究プロジェクトの結果をまとめたものです(SRA社のカタログより引用)。このプロジェクトの目的は、貧富の格差を縮小するために、低所得層(主にマイノリティ)の家庭に生まれた子ども達の学力を向上させる最適の教育方法を探求することでした。そして、全米の170以上の小学校から協力をあおぎ、いくつかのカリキュラムやプログラムを数年間試行し、その成果が比較検討されました。学力(academic skills)、思考力(cognitive skills)、情緒(affective skills)の3つの領域が評価されましたが、その結果、ディレクト・インストラクションはどの領域においてもトップの成績を収めたのです。

 その後も、ディレクト・インストラクションは、各地の、主に勉強の遅れがちな学校に導入され、成果をあげています。ディレクト・インストラクションを導入することで、1年間で2年分の遅れを取り戻すことも可能であるとされています。詳しくは、島宗の訪問リポートをご覧下さい。


どうして効果的なのか?

 ディレクト・インストラクションはどうして効果的なのでしょうか? それが判れば、日本でも同様に、効果のある教育方法を開発できるはずです。

(1)教育内容や目標を徹底的に分析している

 本を読んで書かれていることを理解するためには、どのような力が備わっていなければならないででしょうか? 自分の考えを筋道立てて他の人に説明するためには、どのような力が備わっていなければならないででしょうか? 論理的に考えるというのは、具体的にはどういうことなのでしょうか? ディレクト・インストラクションでは、こうした分析が徹底的に行われ、何を教えなくてはならないか(そして何は教えなくてもいいか)が具体的な行動として書き表されています。

(2)学習に関する基礎的な研究成果を活かしている

 ディレクト・インストラクションの開発には、学習心理学や行動分析学の基礎的な研究が活かされています。教育目標が行動として具体的に決まったら、それらを、どんな順序で、どのように教えるのが最適なのかが、推測によってではなく、実験的な研究結果によって決定されていきます。

(3)応用する力の習得を目標にしている

 学んだことを他の文脈や場面で応用できるような力が身につくように、教材が設計されています。行動分析学でいえば、『般化』が起きやすいような工夫がされているということです。

(4)教材を絶え間なく改善している

 教材は出版される前に、必ず何回もテストされ、現場での教師の意見、子どもの反応を参考に改良が続けられます。この『絶え間ない改善』の作業は終わることなく、現在でも続けられているそうです。日本でも教科書の改訂は行われていますが、子どもや教師の反応をもとにした改訂ではないようです。

(5)教師のための研修と実地訓練が提供されている

 オレゴン大学やSRA社、学会、教育コンサルティング会社などによって、教師のための研修プログラムが用意されています。また、学校全体でディレクト・インストラクションを採用した場合には、コンサルタントが学校現場に訪れ、教室で授業中にコーチングを行います。つまり、ディレクト・インストラクションは、単なる教科書・教材ではなく、その使い方(教授スキル)も含めた総合的な教育パッケージになっているというわけです。


参考文献など

[概説書]
Designs for Excellence in Education: The Legacy of B.F. Skinner. P. West and L.A. Hamerlynck (eds). 1992. Soporis West. ISBN 0-944584-52-7.

Behavior Analysis in Education: Focus on Measurably Superior Instruction. R. Gardner, D. M. et al. (eds) 1994. Brooks/Cole. ISBN 0-534-22260-9.

Research on Direct Instruction: 25 Years Beyond DISTAR. 1996. Gary, L. A., & Engelmann, S. Educational Achievement Systems: Seattle, WA.

[教科別]
Direct Instruction Reading. Carnine, D., Silbert, J., & Kameenui, E. J. 1990. Macmillan Publishing Co. ISBN 0-675-21014-3

Direct Instruction Mathematics. Silbert, J., Carnine, D., & Stein, M. 1990. Prentice-Hall. ISBN 0-675-21208-1

[理論的な背景]
Theory of Instruction: Principles and Applications. 1991. ADI Press. ISBN 1-880183-80-3

[プロジェクト・フォロースルーに関して]
Project Follow Thtough: A case study of contingencies influencing instructional practices of the educational establishment. 1997. Watkins, C. L.

What Works in Education. 1997. Crandall,J., Jacobson, j., & Sloane, H. (Eds.).

この2冊は、Cambridge Center for Behavioral Studies (http://www.behavior.org/) から注文可能です。

[webサイト]
ディレクト・インストラクション学会のホームページ: http://www.adihome.org/
SRA社のホームページ: http://www.sra4kids.com/

[国内での研究]
Using direct Instruciton to improve teacher performance, academic achievement, and classroom behavior in a Japanese public junior high school. Nakano, Y., Kageyama, M., & Inoshita, S. 1993. Education and Treatment of Children, 16(3), 326-343.(現上智大学の中野良顯教授が松戸市の中学校にディレクト・インストラクションを導入した研究成果です)